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日本のうたごえ祭典 in 福岡 2002/11/30-12/01
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![]() 山下です。「2002日本のうたごえ祭典 in 福岡」に11/30(土)〜12/1(日)の二日間参加し、オプションで12/2(月)長崎へ行って来ました。
愛知子どもの幸せと平和を願う合唱団のみなさんのツアーに便乗させていただき、11/30(土)11:50名古屋空港を飛び立ち福岡へ向かいました。 日本のうたごえ祭典は前日の11/29(金)から開催されており、一日目は全国から集まった合唱団やサークルの合唱発表会が行われました。 小杉先生、山崎くん、下奥さんなど、「東三河うたの学校」のメンバーは一般の部Iに出場され健闘されました。 祭典二日目は合唱発表会(女性の部等)やオリジナル・コンサート、音楽会I『ひびき』が開催されました。 私と藤田さんはまず、オリジナル・コンサート(創作発表会)に出演しようと愛知の仲間と福岡空港から地下鉄を乗り継いで会場の「ムーブ」へ向かいました。 「ムーブ」は北九州市小倉にあり、音楽会Iの会場の真向かいにありました。 前日から来ていた愛知から参加のメンバーが待ちかまえていて、着いてすぐリハーサルへ。(予定の時間が過ぎていてとっても焦っていました) オリジナル・コンサートは、全国のうたごえ協議会から推薦された団体・個人が出演、愛知は20分の特別枠をいただき、幸せ合唱団「おひげの先生」、山口直子さん「少年」、小林ゆかさん「世界がもし100人の村だったらより『Someone once said』」、たけのこ合唱団「はっぴーばーすでい」、ほっと夜明け合唱団「もしも翼があったなら」、名鉄わだち合唱団「おしこみ音頭」名古屋青年合唱団「私の心は」を歌いました。 リハーサルもそこそこに、すぐ本番となってしまい、あっと言う間にステージに立っていました。たけのこの番になり、一番の最初の方は私と藤田さん、そして山崎くんと下奥さんの四人で歌い、さびの部分、〜はっぴ はっぴばぁすでいの部分から愛知のメンバーの応援をもらいながら歌いました。 伴奏は藤村先生がしてくださることになっていたのですが、急きょ、兼松さんがしてくださることになり、伴奏もばっちりで、なんとか無事に歌い終わり、他の歌も、お互いが支え合いながらうまくまとまって、少ない練習にしては、とっても良い演奏が出来ました。 他のオリジナル曲の演奏も聴きたいと思いながら、音楽会Iのリハーサルが迫っていたため、やむなく向かいの「九州厚生年金会館ホール」へ。 私たちは♪うねり<荒木栄>「働く者たちの歌」に出演しました。曲は荒木栄の「心はいつも夜明けだ」「大行進のうた」「おれたちの胸の火は」、教育のうたごえの「子供を守るうた」、医療のうたごえの「女性として母として」電通・OH!人生・ナッパーズの「お前に」、そして「人間の歌」「未来をかけて」。 指揮者は藤村先生はじめ、高田龍治氏・岡崎健氏・村上仁氏・寺沢伸輔氏と多彩で、どの指揮者も魅力的で素敵な指揮をされました。練習は名古屋で一回の合同練習があり、その後、当日のリハーサルのみという厳しさで、大きな不安を抱えながらも思い切って舞台に立ち、周りの全国の皆さんに支えられながら、なんとか歌いきりました。 初めて出会った荒木栄のうた、「心はいつも夜明けだ」は、歌いながらどんどん引き込まれ、教育のうたごえが中心で歌う「子供を守るうた」や後半の「人間の歌」にはこみ上げる感動がありました。最後の「未来をかけて」は今の時代をそのまま表したうたで、力が入り、歌い終わって満足感でいっぱいになりました。 全国から集まったメンバーを、数十分のリハーサルで一つにまとめて仕上げられる各指揮者の皆様に敬意と感謝を申し上げます。感動をありがとうございました! 出番が終わって、他の演奏を聴きたいとほぼ満席の会場内でやっと空席を見つけてすわりました。 舞台は丁度青年のうたごえ。鮮やかなTシャツが踊るステージの中に山崎くんを見つけました。それから高齢者とは思えないほど若々しい歌声が響いた、高齢者のうたごえやステージにあふれるほどの参加者がのって歌う、リムジンガン、イマジンの大合唱。 最後に日色ともえさんを語りにむかえて、被爆者渡辺千恵子さん原作の合唱と語りによる構成組曲「平和への旅へ」、そしてエンディングは「今この時代に」。ステージも客席も一緒になって歌い、大きな拍手で終わりました。 音楽会終了後、会場のすぐ近くの焼き肉やさんで、教育のうたごえのステージを担当し頑張ってくださった地元福岡のメンバーと、今回集まった全国のメンバーとで懇親会を行いました。福岡のメンバーは学校の先生たちで、仕事が終わってから毎日準備に追われて大変だった様子や、これから今回の取り組みをきっかけに合唱団が創られるというお話がされました。私たちはカネトのお酒を披露し、(お店の中だったのでみんなと飲むことは出来なかったのですが)カネトの取り組みをPRしました。全国からは神奈川・大阪・三重・愛知・大分・熊本などからたくさんの人が参加され、23時過ぎまで盛り上がりました。 祭典三日目、12月1日(日)は音楽会II「かがやき」が福岡サンパレスで行われました。私たちはその中の、♪海をこえて響きあう心「アジアを走れぞうれっしゃ」に全国のメンバーと一緒に参加しました。10時からリハーサルが始まり、狭い部屋にぎゅう詰めになりながらも愛知から持っていった、布を使った大きなぞうを作る練習もしました。ステージでの並びの確認をしているときに、愛知からはるばる駆けつけてくれた飯田線談話室のMくんが到着、長蛇の列から見つけだしチケットを渡しました。 「ぞうれっしゃ」は幼稚園・保育園児が、かわいらしい声で、一生懸命歌う「ぞうをかしてください」で始まり、「ぞうれっしゃよ走れ」「平和とぞうとこどもたち」と続き、子どもたちの『コキリアジャシー!』の声でステージに大きなぞうを作り、「地球をむすんで」で各国の国旗を持って歌って終わりました。タイ、韓国で歌ったシーンを思い出して、心が熱くなりました。 音楽会は歌い終わってから、やはりやっと見つけた空席に座って一番後ろの隅っこで「みんなここへおいで」のゲスト「李 政美(イ・ヂョンミ)」さんの歌から聴きました。東京生まれの在日コリアン2世で透明な歌声が素敵でした。 それから、小杉先生、下奥さんなど、東三河うたの学校のメンバーが参加した、♪いのち輝く希望の未来へ『交響曲「五月の歌」より』「木」「私を束ねないで」「共に生きる町」、『旅立つ朝(あした)に』「新世界」をステージにあふれんばかりの大合唱で聴きました。 全国から集まって、心一つにステージを創り合い、歌っても聴いても感動するっていいですね。日本のうたごえ祭典の魅力を感じた二日間でした。 祭典終了後、この日で帰るメンバーともう一日残るメンバーと分かれ、私たちは残る幸せのメンバーとホテルへ移動、その後博多の街を美味しいものを探して歩き回りました。ガイドブックで探した鯛飯の美味しいお店で、地酒も飲みながら盛り上がり、仕上げに博多ラーメンを食べに行こうということになりました。三重・四日市から参加のSさんお薦めの屋台が並ぶ、とっても情緒があるところでした。屋台の名前がまたいい。「やまちゃん」と言います。とんこつの濃い味がしました。 翌日はオプションで柳川散策コースと長崎コースに分かれました。 私と藤田さん、四日市の伊藤さんとSさんの四人で長崎へ。福岡から約二時間で着きます。まず行ったのは「長崎原爆資料館」。 高校生の団体と重なり大変でしたがゆっくりと見て回れました。映像や写真、遺留品が熱く胸にせまり、なんども涙があふれました。 今の時代になってもなお、子どもたちにも影響が出て、苦しんで居る人がいて、悲しみしか生み出さないと言うのに繰り返される戦争には本当に怒りがこみ上げてきます。二度と広島・長崎の悲しみを作り出してはいけないと強く思いました。周りの高校生たちも静かに食い入るように見ていました。 その後、すぐ近くにある浦上天主堂へ向かい、日に三回しか聴けない「アンジェラスの鐘」を聴きました。荘厳な響きはいろいろなリズムで鳴り、クリスチャンではない私でも、なぜか心洗われるような感じがしました。 それから平和公園内を進み、記念像や平和の泉、原爆落下中心地に行きました。57年前、一瞬にして15万人以上の命を奪い、焼き尽くされたこの大地は、今は鳥が舞い、緑に覆われ紅葉した木々が美しい公園となっています。この美しさがずっと続きますようにと祈らずには居られませんでした。
昼過ぎ、路面電車で長崎市内へ向かい、オランダ坂を散策、30分以上待たされたけど、とっても美味しい長崎ちゃんぽんをいただき、大浦天主堂・グラバー園を駆け足で見て長崎駅へ。 また二時間ほど快速電車に乗り、福岡へ戻り空港へ。 柳川コース組みと合流し、大急ぎで買い物をして駆け込みで飛行機に乗り、名古屋へ帰ってきました。 今回、合唱発表会には出られませんでしたが、創作発表会には推薦していただき、たけのことして歌うことが出来て本当に嬉しかったです。 音楽会の大きなステージでは、たくさんの人たちで創り合うことの醍醐味や魅力的な指揮者との出会い、うたう仲間との出会い、再会があり、めまぐるしく進んだスケジュールの中で、疲れたけれども充実した時間を過ごせました。お世話になりました皆様、ありがとうございました。 |
| Report by Keiko.Y |
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